top of page
  • IMG_0125
  • X
  • Instagram
  • Line

生命力の発露としての不登校

不登校って何となくやる氣のない感じで見られますけど。

 

場合によっては違うと思うんです。

 

この地上の原理に従うということは言い方を変えると、転落するということなんです。

 

「罠にはまる」とか「天井が落ちてくる」とかそういう表現をする人もいます。

 

「天井が落ちてくる」と言ってたのはユングだったと思います。

 

彼は「罠にはまらない限り何も成し遂げられない」というようなことを書いていました。

 

それはその通りで、この地上の、現代日本の令和時代の原理に存在が転落しない限りは何も形にできません。

 

ただ、その場合、その人を私は生命力を十全に発揮しているとはみなしません。

 

そういう方は、生命の裡にある一部が欠損しています。

 

死に直面すると露わになる部分です。

 

この世の些事に価値を見出せなくなると、死に向かって生命力が沸き上がってきます。

 

この力は日常の意識では普通抑圧しています。

 

でないと、地上的な活動に支障をきたすからです。

 

私を含め、多くの人はかなりくだらないことに血道を上げて生きています。

 

日常の意識とはそういうものです。

 

普段は眠っているように生きています。

 

不登校の人は、観ていると、本当に本質的に生命力がある人がいます。

 

その生命力、生命感覚が押さえつけられるのが嫌で、学校に行かないんです。

 

校則とかそんな話ではないんですね。

 

端的に言って、そういう人は死が身近なんです。

 

それは現代社会では禁忌ですから、忌み嫌われます。

 

いずれにしても、どこかに落としどころを見つけないと社会の中での生存は難しいわけです。

 

社会で生きている人は眠っていて、死に向かっている人は覚醒しています。

 

私はただの怠け者としてここまで生きてきた訳です。

 

存在を眠らせるのでもなく、覚醒するのでもなく、怠け者として生きるのはたいへん難しいことです。

 

ゾンビのふりをして生きるんですね。

 

周りはみんな死んでるのに自分だけ生きてたら、場が白けるでしょ。

 

死んだふりをして、ただゆらゆら動くんですよ。

 

それが活元運動。

 

生命力を死に向かって浪費する動きなんです。

 

不登校のお子さんにはお勧めの運動ですよ。

最新記事

すべて表示
虫が獣に食われる

昨年の夏に公園で捕まえたクワガタをずっと飼ってたんです。 卵を産んで、幼虫になって、冬を越したんです。 小さいケースに入れたままだったので、春になって暖かいので、庭の一角に埋めたんですね。 善意だったんですけど。 そうしたら、すぐに獣に食べられてしまって。 朝起きたら掘り返されていて、残骸が。。。 どうやら虫の糞を嗅ぎ分けて来るみたいなんです。 凄いですねえ。 可哀そうだったんですけど、その生存競

 
 
 
夜になっても遊び続ける

最近子供に誘われてよく近所の公園に行きます。 公園の周りを自転車でレースをしたりします。 ブランコでどっちが遠くまで飛べるか競争したり。 滑り台で「裏切りゲーム」なる遊びをしたりします。 先日はただひたすら壁に木の枝をぶつけてぶっ壊したりしました。 氣が付くと真っ暗になっています。 誰もいません。 真っ暗な公園で、そういえば、自分も子供の頃、暗くなるまで遊んだな~、と久

 
 
 

コメント


bottom of page